「公共R不動産」より①〜再開発アレルギー〜

6月8日(金)に、待ち焦がれていた「公共R不動産のプロジェクトスタディ〜公民連携のしくみとデザイン〜」が発売された。 よく行く本屋に置いてなかったので、後日、電車で浜松駅に行った時に、ようやく入手。

刺さるところが多すぎるので、随時、何回かに分けて紹介せずにはいられない!

60ページに、クリエイティブな再開発について書いたコラムがある。ライターは飯石藍さん。

高度成長期の建物が寿命に近づいて建て替えられる時のダメな点について指摘する中で、こんなくだりがあった。

「さらに大きな問題なのは、再開発によって、まちの記憶がごっそりなくなることだ。昔ながらの居酒屋や横丁、地元に愛された店が再開発により姿を消して、ナショナルチェーンが軒を連ねる商業施設になってします。まちに息づいていた文化が、そこで断ち切られていまうのだ」

すぐに、兵庫県西宮市の阪急・西宮北口駅前を思い出した。

西宮は自分の地元で、高校生まで過ごした。小学4年の時には阪神大震災があった。実家は全壊し、西宮北口駅前は見るも無惨に風景が一変した。

いちばんショックだったのは商店街で、小学生時分だったので文房具屋くらいしか行かなかったけど、おばちゃんおじちゃんが自転車で買い物や暇つぶしをしていて、ワイワイガヤガヤした雰囲気だった。それがごっそり、地震で消えた。

その後、駅前には住宅と一緒になった高層の複合施設ができて、商店街にあったいくつかのお店も入居した。

でも、なんか違う。ハコはきれいになって、買い物の便は良くなったけど、申し訳ないことに買い物したい気持ちになれない。やってる人は同じでも、違和感を拭えなかった。

ちなみに実家の背後にあった、裏山みたいな里山みたいな謎の遊び場も、所狭しと住宅が建ち並んだ。オニヤンマのヤゴを捕ったり沼でザリガニを釣ったり、焼き芋を焼いたり畑を走り回ったりした楽しい共有地(まぁ実際は私有地なんだろうけど)は、なにもなかったかのように消え去った。

西宮だけじゃなく、神戸も似たような所があった。復興の象徴として再開発という名のまちづくりを急ぐあまり、どこにでもある高層マンションやらが林立した。東北の例を出すまでもなく、合意形成はめちゃくちゃ難しかったと思うけど、無機質で人のにおいがしない、そんな場所に変わり果てた地域があった。

西宮北口の駅前も神戸の一部も、共通しているのは「まちの記憶」が見えなくなっていることだと思う。そのまちならではの空気や人の流れ、顔ぶれ・・・。そういうものが全然感じられなくなってしまった。

それが影響しているのかどうか、今も「再開発」と聞くと条件反射的に拒否感が前に出るし、あまりにもきれいに整えられた今どきの住宅街や、分譲地なんかは、全く住む気になれないでいる。落ち着かない。

飯石さんはコラムで続ける。

「まちの記憶を感じるには、整然とした街並みだけでなく、こっそく隠れて楽しめる小さな店があったり、顔なじみのマスターがいるバーがあったりと、猥雑な要素が欠かせない。匂い立つようなまちの要素を、どうヒューマンスケールを超えた再開発と共存させていくのか」

いろんなものが混じり合って猥雑さが感じられる〝公園〟を旭川につくりたい。そこに住みたい。と同時に、まちの記憶をしっかり捉えて大切にしないと。

寝かせた本こそ最良の教科書や〜その②〜

 

大学でメディアやコミュニケーションを専門にする研究所にいたころ、博報堂コピーライター出身の恩師に、「情報のシャワーを浴びるのが大事」と叩き込まれた。

別の、やはり博報堂出身の恩師には読売新聞の名物一面コラム「編集手帳」のスター記者をご紹介いただき、その記者から、徹底的に情報を整理して引き出す、つなぎ合わせるメソッドを教えてもらった。

新聞記者になってしばらくは、教わったことを実践すべく新聞を6紙購読していて、すごいお金をかけてた。それこそ膨大な情報量だったので、しっかりしたスクラップブックをつくって、「国際問題」「教育」「地域」「経済」とテーマ別に分けて、ひたすら貼り付けていた。でもスクラップブックを見返すことはずっとなく、お金的にも持続可能じゃなくなって、一年くらいで休眠状態になっちゃった。

そんなことがあった前後かと思うけど、博報堂ケトルCEO(少なくとも当時は)の島浩一郎さん著の「アイデアのつくり方」(2007年)を手に入れた。申し訳ないことにしっかり読むことなく段ボールに眠っていたままだったけど、最近、本がまた好きになったので取り出してみた。

 

社会人一年目のときに、ちゃんと読んどけばよかったなーと深く後悔した。書いてることは今じゃ目ウロコじゃなかったけど、もっと昔に知っておくべきだった。

嶋さんいわく、情報はとにかくどんどん集めて俯瞰し、整理せず、〝放牧〟すべしと。うまく〝交配〟できると、思いもよらない情報同士が化学反応を起こして、画期的なアイデアや企画が生まれるんだ、とおっしゃっている。

ゲストハウスのあり方をもっともっと考えて磨き上げないといけないので、参考になる言葉がいくつかあった。(ほんとは書ききれないくらい)

  • シンプルに説明できる企画が一番強いと確信している。一言で説明できる企画であるほど、多くの人を巻き込む力を持つ。情報のカオスからシンプルな企画を生むのは勇気がいる
  • ジャンプ力こそ企画力。意表をつく組み合わせ。でも奇をてらうことではない 。きちんとした根拠と、緻密な計算が必要
  • 情報にゴミはない。一流も三流もない。どんな情報にも新しい何かを生み出すポテンシャルがある。

ありとあらゆるメモをたくさん取って、寝かせて、奇をてらわず組み合わせよう。寝かせた本は、ほんといい味が出る

手づくりマーケットは学びの宝庫

岡崎へ。家康で有名な岡崎城を望む乙川沿いで、手づくり雑貨とかが並ぶイベントに行ってきた。「ハンドメイドセレクトマーケット(ハセマ)」というらしい。初めて聞いた。愛知は、なんやかんやいろいろやってるなぁ。「森、道、市場」も、「橋の下世界音楽祭」も。

ブースの数じたいは40くらいと少なくて、こじんまりとして歩きやすい。河川敷なので動線が分かりやすくて、ごみごみせず、手づくり感があってしっくりする。

けっこう人気だったのが、ハンコ雑貨のお店。セミオーダーもできるらしく、かわいいのはもちろん、自分ならではのを作れるのが楽しい。

このハンコ、一方的にすごく注目してる。ゲストハウスの、公園みたいな敷地で、ワークショップ的なことをやりたくて、そのうちの一つにmyハンコ作りを夢想中。旭川には、旭山動物園で働いていた経験をお持ちで、動物たちや自然の絵を描いている岩崎彩香さんというイラストレーターがいらっしゃる。お会いしたことはないけど、女性が喜ぶのは間違いない可愛くて優しいタッチが特徴。ぜひ一緒になにかやりたい、って一方的に思ってる。

プリン屋さんにも引かれた。春日井市にある「Notari」というお店。自分はプリン苦手なので什器をまじまじと観察。春日井のトリムソウ(TRIMSO)という家具メーカーさんでオーダーメイドしたとか。商品を陳列している裏っ側の棚=お店の人がいる側にはお金とかいろいろ置けるようになっていて実用的。これほしい。

他に惹かれたのは、カレー屋さんになってた軽トラの上のタイニーハウス(小屋)。このテイスト好きなので、ゲストハウスの小屋の参考にしよう。

こちらのテーブル兼ベンチもいい。階段の段差を生かしたデザインもいいし、風合いが優しくていい。

あと勉強になったのは、決済アプリSquare(スクエア)を導入してるブースがけっこうあったこと。たいていのクレジットカードに対応してて、決済手数料は3%強〜4%弱。初期費用は実質かからないみたい。

どのイベントでも勉強になることがたくさんで嬉しいー。

子どもの数が少ないとラク、ってことはない

この週末は長男の大滋(たいし、12歳)と次男の陽己(はるき、4歳)が、兵庫県西宮市の自分の実家へ、お泊り遠足に行った。親から離れる、初めてのチャレンジ! 母(子どもたちから見たらばあば)が浜松へ来て、連れていくことに。

みんなで天竜川駅から電車で浜松駅へ。一番下の七海(ななみ、2歳)がつり革を持ちたがるので、抱っこしていると、中学生か高校生かの男子が、照れくさそうに「代わりましょうか?」と席を譲ることを申し出てくれた。

すぐ駅に着いてしまうし、どうせ七海が落ち着かないだろうしと、「いいですよ、ありがとね」と断ってしまった。でもこういう時は素直に譲ってもらったほうが善意を無駄にしないかなー、しまったなーと悶々としてしまった。こういうことも車じゃ考えないから、まあよしとしよう。

新幹線ホームに上がる。男の子2人はちょっと不安げな顔になりながらも、車内の席に着いてしまえば笑顔で出発。七海は「ななもー!」と予想通り騒いだので、忍ばせておいたアンパンマングミで落ち着かせた。

ここからは、貴重な親子3人の時間。いつもの5人だとできないことをしようと思いつつ、取りあえず欲しい本があったので、浜松最大(と思われる)本屋で。夫婦で交代で七海を見ながら本を選んでいると途中で七海は夢の中へ。夜に寝なくなるのは困る、ってことで隣の遠鉄百貨店に移動。キッズペースやおもちゃ売場で、体力を消耗させる作戦にでた。

そして気づけば夕方の5時。もう何もできないので天竜川駅に戻り、近くの居酒屋でご飯。早く寝かせて本をしこたま読もうと頑張ったけど、お風呂あがりに寝落ちしちゃうというオチがついてよくある自己嫌悪に。

子どもが3人いたら大変でしょう、とよく言われる。確かに親の数より子どもが多いと疲弊することも多いけど、疲れ方って相対的なもの。1人なら1人で、3人より疲れ方が3分の1になるわけじゃないと思う。

1人ならもっと自由になるかなーと思いながらそうじゃないので、諦めのつく3人の時よりガッカリ感がある。大滋1人の時だって新婚旅行(大滋は連れ子なので。東京→旭川→礼文島→那覇→竹富島→石垣島)行った時は、もう旅行なんてしたくないと思ったほど疲れたけど、いま3人連れて旅行するのと、そんなに変わんない。 だから、子どもを連れているママやパパを見るだけで、妙な連帯意識を感じてしまう。

旭山動物園のなかまたち

Yahoo!ニュースに「ショボい」水族館になぜ行列ができるのか?っていう記事がドーンと載ってた。このところ、どうやって人を集めるのか、的な本や記事にすごく反応しちゃう。https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20180608-00000044-zdn_mkt-bus_all

取り上げているのは、愛知県蒲郡市の竹島水族館。愛知に住んでたころはよく聞いたし、行ってみたいと思いながら、そのまま。運営が大変で、最近いろんな工夫がされてるなんて全く知らなかったなー。浜松から近いのに。

読んでびっくり。旭山動物園のブログでも書いた、旭山動物園の工夫や再生物語と、まんま一緒!!

  • 公立施設で来場者激減→一部の人から危機感を共有
  • 専門的な目でしか見られない飼育員さんたちの、改革への反発
  • お客さんを観察し、意見を吸い上げ、楽しませるという視点を獲得。手書きのPOPの活用
  • プロダクトアウト→マーケットインへの転換
  • 飼育員さんたちが自発的に動き出す  

 ライター大宮冬洋さんは記事の最後に、「環境が悪ければ悪いほど、『お客さんが求めることをなりふり構わずにやってみよう』と開き直ることもできる。起死回生の改革案や本当に顧客に喜ばれるアイデアはそこから生まれるのだ」と書いている。まさにそうなんだろうなぁ

佐藤尚之さんの名著「ファンベース」の考えにも通じるし、自分はまだまだターゲット層の絞り込みや、お客さんの求めること、ライフスタイル、ゲストハウスに来て得られることのブラッシュアップができてないなーと反省しきり。

10月オープンめざし、夜な夜な作戦会議

旭川のゲストハウス計画を手伝ってくださっている、浜松の誇るクリエイティブな男3人と打ち合わせ。

ウェブ、グラフィックやカメラマン、企画プロデュースのプロデザイナー、廃棄物とかゴミを拾ってきて別のものに生まれ変わらせる「アップサイクル」に生きる喜びを感じる建築家、公民連携プロフェッショナルスクールで、全国の猛者からまちづくりを学んだコーヒー店主。すごすぎて、マックすら使えない自分がいつも恥ずかしくなる。

8日夜は、まず大まかなスケジュールの確認。

*6月は返事待ちになってる土地の契約を見込んで、いろんな事前準備。ロゴマークやウェブ制作、名刺づくりに着手。

*7月はいよいよ現地調査と現地めぐり。全体のプランニングと模型づくり。SNSをはじめて写真撮影も本格化させる

*8月は図面制作や見積もり。

*9月はコンテナハウスの住宅(管理棟)完成見込みで、ゲストハウスは図面完成、確認申請。ゲストハウスHPの解説やツール類を作る。告知もスタート

*10月から順次着工で、雪を見ながら作業、という感じ

あーでもない、こんなんどう?と4時間近く。

最重視するターゲット層をもっともっと細かくした方がいい、その人のライフスタイルは?、客単価をどれくらいまで高められるか、どう自分をブランド化していくか、どんな小屋が好きなのか?  いろんな指摘をもらって嬉しいなー。こうやってちょっとずつ(でもあんま時間ない)焦らずブラッシュアップしていきたい。土地が決まれば一気に動こう!

住むなら駅の近くがいい

最近、浜松駅の近くの繁華街で飲んで、終電近くに帰ることが多くなってきた。自宅は浜松駅から東に一駅の天竜川駅前のマンションなので、電車で帰れると心地いい。

最終の電車を逃したらタクシーになり、2000円以上が普通にとんでいく。JRなら190円なのに。今のマンションの決め手となった一つは駅の近さ。ドアを開けて3分後の電車に乗れるし、家の窓から貨物列車が見れるし、妻子がベランダから手を振ってくれる恥ずかしさも楽しめる。

前任地の金沢でも、住んでいたアパートは金沢駅から2駅の野々市駅前。窓から北陸新幹線や、トワイライトエクスプレス、日本海といった今はなき寝台列車、サンバーダードとかの特急列車が見れて楽しかった。北陸本線は「特急街道」だったから、いろんな顔ぶれがあって最高でした。

近くに鉄道があるというのは立地を決める上でめちゃくちゃ重視していて、それは鉄道が好きなのもあるけど、レールがつながっている安心感というのが大きい。

雪とか事故とかでクルマで行きづらければ電車でいけばいいし、なにより飲みに行ける。タクシーに乗らなくていい。渋滞を心配しなくていいので待ち合わせがしやすい。

鉄道があるかどうかは、自分にとって死活問題だし、こどもにとってもいいことだらけ。クルマだけで移動していたら、完全なプライベート空間になって、そりゃ楽だけど、なんの刺激も発見もないんです。でも電車だと自由に体が動いて景色を見たがるし、騒いだらダメだと覚えるし、おばあちゃんとかおばちゃんが微笑ましく見守ってくれる。1駅乗るだけでも、いろんな人と話すことはざら。偏見だけど、その辺りの環境は山手線なんかよりいい。人が多ければいいってもんじゃないし。

北海道で土地を探すとき、旭川のお隣にある東川町というところも候補だった。旭川空港から10分とか15分とかで、北海道らしい田園風景もあるし、大雪山も拝める。ハイセンスな移住者がいまどんどん押し寄せてて、カフェや宿泊施設、雑貨屋、モンベルの入る道の駅とかなんでもござれ。実は通過したことしかないけど、めちゃ洒落てる。もう入り込む余地がないくらいすごい。しかも北海道で唯一、上水道がなくて大雪山の伏流水で全戸まかなってる!

東川町は三つの「道」がないと言われていて、ひとつがこの水道。次が国道。これはまあいいや。一番困るのは「鉄道」です。旭川の繁華街を知ろうにも、これじゃバスをうまく使わないと気軽に飲みにいけないし。農村や山だけじゃなくて、まちも気軽に楽しみたいよね、ってのが今の気分。

ゲストハウスは快速も停まる(といっても普通列車ふくめて10往復くらいしかないけど💦)永山駅から歩いて15分くらい。もう一つの最寄駅は、永山駅より一つ稚内側の北永山駅。田んぼの中に立っているような駅で、ホームの待合室からは大雪山が望めるし、冬は目の前でハクチョウがエサをついばんでる、幸せなところ。

ここなら幸せに暮らせそう

 

 

 

 

 

 

「泊まれる◯◯」

きょう6月 5日の静岡新聞夕刊一面と、5月30日の朝日新聞に、静岡市葵区七間町・人宿町のゲストハウス「泊まれる純喫茶   ヒトヤ堂」が紹介されていた。

武蔵野美大をでた女性2人が、セルフリノベーションで喫茶に新たに息を吹き込んで仕上げたらしい。人宿町は、東海道の旅籠として栄えたんだそうで、ネーミングにも込めたみたい。そうか、ヒトヤド→ヒトヤ堂。おもしろいなー

頭に残ったのは「泊まれる◯◯」というワード。全国で似たような言い回しが多くて、これからは使うのが難しそう。

自分も今年1月くらいの時点で、ゲストハウスの形を考えていた時、妻の茜がパンが好きなので安易に「泊まれるパン屋」にしようと思って、競合がなさそうな地域を探してた。まぁその構想はすぐに潰えるのだけれども。。。

沼津には、「少年自然の家」をリノベーションした、泊まれる公園「INN THE PARK」もある。ここはグランピング的な雰囲気も楽しめるし、ものすごい人気になってる。最新号のmonoマガジンにも載ってた。

「泊まれる◯◯」は、◯◯の部分がオリジナリティある資源や価値に当たると思うけど、それと宿泊を掛けわせて「新しいよ!」ってニュアンスを出すには手っ取り早い。

旭川のゲストハウス構想でも、地域の子どもたちが遊びにくるハイクオリティな「公園」をつくろうとしているので、言っていれば「泊まれる公園」には違いない。表現やコピーはまだまだ考えを深めないといけないな〜。

静岡新聞(新聞記者はシズシンと呼ぶ)の記事には、「地元の人と宿泊者が自然に混じり合えるのがゲストハウスの魅力」とある。完全に同意。濃〜く混じり合える「公園」をつくってこー。

とりあえずヒトヤ堂、ふらりと行ってみよう。静岡だけみても、行きたいところが多すぎて困リ果てる

なかなか土地が決まらない

宗谷本線そばの、黄色い線で囲った角地をあらたに打診することになった

5月28日の月曜日に旭川に行って、信金さんや、許認可関係いろいろある市役所で協議してきたけど、その時も「土地が固まってから具体的に動きます」という域を出ることはできなくて、そのまま今に至る。

うーん、土地がなかなか決まらない。

正確にいうと、予定地というか希望する地面があるけど、契約までいってない。

小学校や旭川大学近くの住宅地で、写真のようにステキな土地があって、もともと売りに出されていなかった角地の交渉を5月2日に不動産屋さんにお願いした。所有者の方が高齢で、親族の方が5月13日に「売る方向で」と前向きに対応してくださったが、その後は音沙汰なく。土地をめぐっては同じ家族でもいろんなスタンスがあったり、外から分からない事情もあるので、急かすものじゃない。このことがきっかけで、厄介な事になったら、やり切れない。

焦ってはいけない。急がない、と言い聞かせてきた。売りに出ていたわけじゃないので、時間がかかるのは当たり前だし。不動産屋さんは「進みが遅くてごめんなさいね」と言ってくれて、恐縮しきり。

でも一方で、他の予定地も視野に入れないといけない気がしてきた。

よく考えたら(考えるまでもないけど)最初お願いしていた角地と反対側にある、稚内に続く線路に面した角地があるやん。しかも、こっちの方がずっと開放感あるし、列車からも見えるし!!

ということで昨日4日、不動産屋さんに、こちらのリサーチと調整もお願いした。

土地が決まってやっと、

①家族全員での地域へのご挨拶

②建築家、デザイナー、公民連携スペシャリストでつくるチームや、コンテナハウスメーカーによる現地調査

③設計図や図面の作成、見積もり

④ロゴなどグラフィックをふくめた計画公表

ーとなるけれど。

6月の渡道予定はまだない。そう遠くないうちに土地が動いて、予定を入れられればいいなー。土地がすんなりいかないもの、ベストに向かうための必要なプロセス。この時にしかできない勉強をして力を蓄えよう。

熱海の奇跡を見に行かねば

「熱海」って聞くと、衰退の象徴、っていうイメージがあった。旅行の形が変わったことに対応できなかった残念なところ、という風に。なのになのに、浜松に転勤してからというもの、熱海がにぎわってる、若い人が来てるという明るいニュースばかり見るようになったことになった。

あれ、いつの間に?

これまで興味をもってストーリーをふかく調べることもしなかったけど、今は違う。めっちゃ知りたいんです熱海。

そう、有名なゲストハウス「MARUYA」があり、エリアリノベーション(※)がうまくいっている街だから!

ゲストハウスで起業しようというのに、わが静岡の事例を知らずして、先には進めないもんね。

そんな時に、これまた最高のタイミングというか、自分のためにあるような投稿に接した。リクルート出身で瀬戸市役所時代にお世話になったコンサルタントの柴田朋子さんのFacebookで、「熱海の奇跡」(市来広一郎著、東洋経済新報社)が紹介されてた。なのでさっそく読んでみた。

主なメモ内容と、自分の計画に照らして心に刺さったポイントは以下の通りであります。

 

★  「大きなビジョンと小さな一歩」  志高くとも、まずは持続可能な範囲で。お金に向き合う訓練をせねば  

★ 自分たちの暮らしは自分たちでつくる、自分たちの街も自分たちでつくる→できる範囲でつくっていくために、新聞社を辞めて北の大地に逃避行するんだから

住民みずからが生活を楽しめるようになることで内需が拡大し、外から遊びに来る人が増えて外貨を獲得するローカルな暮らしを体験してもらうゲストハウスにするので、地域の人が楽しく寄れる場をつくりたい。時間をかけて、ていねいに

★街としてのペルソナ(最重視するターゲット層)=クリエイティブな30代に選ばれる街→こちらのペルソナは、関東在住の20〜30代女性。車を持たず、新しいライフスタイル、丁寧に暮らしを模索すると。東日本大震災で価値観が揺らいだ。雑誌「&Premium」や「nice things」を愛読している。

地方の文化やライフスタイルで稼ぐことが新たな地方の観光だ(木下斉さん)→もう間違いない。あらためて意識してこ

★お客さんを集める重要な要素は、街そのものの魅力、街を知るという体験→ほんとこれ。くどいくらい噛みしめよ

★大島芳彦さん「あなたでなければ、ここでなければ、いまでなければ、という事業を生み出そう」→はい。そうします

このゲストハウスに宿泊すると、自然に街に出かけ、街との接点ができるようにしています→同じこと考えてます

「やってから謝りに行く」戦術。事前にすべての方の合意形成をしてから始めていては、いつまで経っても何も変えられない。実際にやってみないと意義はなかなか理解してもらえない。継続すると変化は起き始める→ここ、すごく気になってた。今後重点的に勉強したいところ。どうやれば思いや考えが伝わるか、どこまでどんな形で合意を形成するか

自ら仕事や暮らしをつくっていく人=クリエイティブな人。カフェもゲストハウスもクリエイティブな30代に選ばれる街をつくるビジョンを実現する手段→大きなビジョンと、それにつながる各事業の位置付け、ちゃんと全体図を整理せねば

女性の意見や感じ方をよく知って、意見を取り入れていくことは、新しい仕事や暮らしをつくっていくうえで不可欠。女性には、新しいものに素早く反応する傾向がある。生活を楽しむことに関しては、女性のほうがどん欲。→200%同意。

これからは女性や若者、他地域から来た人や外国人など年代、性別、国籍などを問わず、多様な人たちが関わり、ゆるやかにつながり共につくりあげてこと、磨かれていく→ゆるやかに小さくつなり、気づいたら大きくなってるってのが、今

起業家と地元の人々は経験や考え方に差異があり、すんなりとコミュニケーションがとれないことも多々。でもその間に立って翻訳したり調整したりする役割があれば、信頼関係を築くことがもっと容易になる→やはり皆さん同じ苦労を経験するんだな・・・。自治会長さん以外に、いまいち思いつかない。

宿を街に点在させてネットワークにつなぎ、多様な滞在の仕方を生み出そう。街全体が宿のような感覚で泊まれる街をつくろう→実は空き地を使った〝公園〟づくりだけではなくて、発展させる将来展望もあり。だから、移動可能なコンテナハウスやタイニーハウスが欠かせぬ

★自分や周りの誰かを犠牲にして取り組むことは、結局のところ、良い結果をもたらさない。街を変えることには時間がかかります。だからこそ、楽しく続けていくことが大事です。そのためには、稼ぐことに向き合うことが大事→身に染みる。街を変えることとか、課題解決が先に来たわけじゃないけど、自分たち家族の暮らしも見せていくというか、楽しく暮らすことがまず前提にないと、誰も楽しめないだろうと思ってる

 

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