最後の宿直の未明に、北海道地震

もはや何が言いたいのか分からないけど、ショッキングな地震だったので書き留めないといけないと思った。

6日の朝5時50分ごろ。浜松にある会社の仮眠室で目をこすり、スマホをのぞくと、ただならぬ雰囲気のメッセージを発見。「地震大丈夫ですか!」「何か必要ありましたら、連絡ください」と入っていた。

ひょっとして、南海トラフ巨大地震でも起きて、自分が気付かないままだった・・・? とひやっとする。でもその1,2分後、テレビをつけた瞬間に飲み込めた。これから移り住もうという大地が、大変なことになっている。

1時間弱あとにも、かつて勤務していた地域の市長さんからメールが。「大丈夫ですか 何か必要なことあれば遠慮なくどうぞ言ってください」。

発災2日目の7日にかけても、LINEとかで同様なメッセージを多くいただいた。ありがたや。旭川は震源から離れていて、停電以外の被害はなさそうだった。

職場ではNHKを付けっぱなしにしていて、被害状況が随時入ってくる。高瀬アナと和久田アナが、「停電していてニュースも届きにくい。SNSで知り合いに状況を伝えてほしい。離れているからこそできることがある」みたいな事を、しきりに呼びかけている。状況に即してて、具体的。同業者として、「すごい」と舌を巻いた。たぶん普段から、どういう場合にどんな情報を届けるべきなのか、どうやって伝えるのかを、議論してるんだろな。

何度か同じ映像が流れて刷り込まれてくると、ふと我に返る。昨日から今日は、会社員として最後の宿直勤務。わざわざそのタイミングで、なぜか北海道で、10歳の時に西宮で経験したのと同じ「震度7」の烈震が起こるなんて。あっけにとられた感じになった。

スマホでフェイスブックをのぞくと、旭川の皆さんの投稿が次から次へと。無事の報告、店舗に残っている物資の状況、電気が復旧したATMの場所、自宅の一部開放やお店の電源開放といった情報・・・。ほんとに生きた情報が共有されている。情報がないと不安は増幅する。電気がないからこそ、SNSは強い。

事態がちょっとずつよくなりそうな情報に交じって、影響が長引きそうだなと心配になる投稿も。

士別市にある、トマト(ジュース)で全国的に有名な農家さんは「二次被害」として、収穫期のトマトが出荷できないこと、冷凍庫冷蔵庫も機能しないことを懸念されていた。産業面での混乱と収入への不安は、時間を追うごとに大きくなるのかもしれない。その時は、遠く離れていても応援する選択肢が増えていくはず。

今すぐ動きたい気持ちもあるし、現地に行きたいけど、節電が要請されている中で、中途半端では迷惑になるだけ。8日のビジネスコンテストも延期になったので、とりあえず4泊5日の道内予定をすべてリセットして、キャンセルの手続きに入った。

往路は羽田から新千歳のエア・ドゥ。不可抗力による欠航なのでキャンセル料がかからず、ホームページから試行錯誤して完了。10日に泊まる予定だった星野リゾートの旭川OMO7は直接電話するも、「このエリアではネットワーク障害で・・・」とアナウンスが流れ、何度かけてもつながらない。

電気は弱い。ネットは強い。

今回の特徴は、火力発電所がダメージを受けたことで「ブラックアウト」が起き、停電が北海道全域に及んだこと。道内の電力需要の半分を賄っていた苫東厚真(とまとうあつま)火力発電所が緊急停止して、急に供給力が落ちたことで発電力(供給)と使用量(需要)のバランスが狂い、周波数が乱れたことが原因らしい。全然知らなかった。1カ所に依存するのって、本当に脆い。

この先いつか、福島の原発事故で「エネルギーと暮らし」「一極集中のリスク」をみんなが考えたのと同じように、道内でも関心が高まっていく気がする。

木質燃料は薪ストーブなんかのおしゃれ感や憧れもあって注目されてるけど、なかなか見えない電気や水は、ちょっと事情が違う。でもいろんなことが可視化されて、けっこう大きなインパクトをもたらす予感がする。

「旭川公園」で予定してる井戸は、もう、何があってもマストだなと、あらためて。宿泊用の小屋(タイニーハウス)は、ほぼオフグリッド(独立電源)にするし。

悶々としながら、だらだらと、いろんな事を考えてしまう。

ともかくも行方不明者の捜索が進んで、多くの人が1日でも早く日常が取り戻せるように。そして被災地に降ろうとしている雨はどうか、手加減してほしい。

世界で一番、洗濯が楽しくなる小屋

作業する松本憲ちゃん

ゴミ(不要物)を愛して磨きをかけ、新しい命を宿らせて、おしゃれな作品に仕上げちゃう建築家の松本憲ちゃんから、メッセンジャーの「旭川公園グループ」にアナウンスが。「ワークショップで誰でも参加で小屋作りしてるので、松本ファミリーで都合の良いときに遊びにきてください」

場所は浜松市の浜北区ときた。「サン・ファイン」っていうコインランドリーらしい。で、行ってきた。

「現場」のサン・ファインというコインランドリー

外観だけ見たらほとんど完成してるような感じだったけど、キュートといったらありゃしない。ラッキーなことにキャスター(車輪)を外す瞬間の「ナントカ式」にも立ち会えた!

とりあえずかっこいい、かわいい

下半分はギザギザみたいなテイストです。これ、洗濯板をイメージしてて、圧倒的な存在感ならが優しい全体の雰囲気をつくってる。窓は実際にお店で使われてた機械の扉の、円形のふた。ちゃんと物語や意味がある。

小屋っていう響きだけでもかわいいけど、久しぶりに実際に見てみると「抱き締めたい!」っていう感じになる。しかも屋根は可動式!キャンピングカーみたいにボワン、と開くのです。

子どもたちは当然のように大はしゃぎして、お店屋さん気取り。中に入って、工具のインパクトドライバーとか木に触ったり。

子どもたちも大喜び

小屋って、見た目の可愛さはもちろんだけど、この秘密基地感がたまらない。大きなハコじゃないから、中と外がつながりやすい。旭川の公園ゲストハウスでも、思わず外=ローカルを感じに出たくなるような小屋をつくりたい。

この小屋は子どもでも押せるくらい軽く移動できて、軽トラの荷台にスポンと載るサイズ。これで旭川に連れて行きたい。津軽海峡を渡りたい!

憲ちゃんは静岡市のビームス前でも自作の小屋を置いたり、「ビッグイシュー」で作品が取り上げられたり、小屋作りはお手の物だとは思うけど、ほんと愛情込めてんなー、というのがよく分かる。超多忙ながら、好きで、楽しくて、たまらないんだろなー。

お仕事中の、クールな表情の憲ちゃん

この小屋を使って、コインランドリーの二代目が何を目指していらっしゃるのかは、あらためて取材して記事にしようー。

みんな笑顔

ゲストハウス「旭山公園」の説明をするとき、「小屋を並べますよ」、「かわいいの作るよ!」とついつい言っちゃうけど、小屋って完成したものしか実は見たことがない。どうやって作られてるのかは、本でしか知らなかった。ちょっとだけ小屋とお近づきになれた気がする。

この日はデザイナーの鈴木裕矢さんもいたけど、「旭川公園」メンバーの普段の仕事の一端も見れて、なんかうれしい。

真っさらな目で旭川を感じる強行軍② 「yomogiya」さん、こんにちは

宿は旭川駅前の「WBFグランデ旭川」。なかなかお高いけど、部屋はきれいだし、和洋室で大人数でも使いやすい。ロビーには、「北海道生活」とか「&premium」とか「スロウ」とか好きな雑誌も置いてて、いい感じ。ちなみに訪日客はやっぱり中華系が多い。

朝食付きだと思い込んでたけど、確認したら「なし」。皆さんすみません。館内のビュッフェ形式の朝食を調べたら、1700円(宿泊者)と来た。高すぎるので、駅前のイオンに入っているサンマルクカフェを目指す。でも玄関で、なかなかの雨の強さに気が滅入り、「イオンで朝ご飯」への抵抗感も消えなかったので潔く諦めて大枚をはたく。

せっかくなんでイクラの小鉢を何個もたべ、旭川ラーメンを自分でつくった。地元産のものを使った料理は全体的においしかったし、こだわりがあった。嬉しかったのはご飯。先週の「JRinn」と同じで、ゲストハウス予定地のある永山地区のもの。

朝ご飯の後は、長男・大滋と温泉に入ってまったりして、長沼という場所(岩見沢と千歳の中間くらい)に住んでいる大工さんのご到着を待つことに。

大工さんは、「yomogiya」の屋号で仕事をされている中村直弘さん。「住みよさ」を追求して、旭川で小屋を作られた実績もある。文句なしにかわいくて、断熱も薪ストーブも「ならでは」の工夫があって。東京でシステムエンジニアをやっていて、HP制作やデザインなんかもされてる。もう、HPとかインスタグラム見たら、すぐやられます。

中村さんにこちらの計画をお伝えし、一緒におもしろがっていただけることになって、飛び上がりそうになっちゃった。地元のすごい人のつながりや技、知識をお裾分けしてもらわないと、どうしても立ちゆかなくなるし。

ホテルの駐車場では、中村さんの愛車・ハイエースを見せてもらった。説明する必要がないくらい、存在感が半端ない。今夜はここの荷台に泊まるんだって。やべえ。

中村さんとお別れしてからは、予定地がある町内会長さんに先週の結果をご報告。その後は、きびすを返して新たな地権者さんのもとへ向かうことになった。候補地は角地じゃないほうがいいような気が強くなってきたので、なんとかこちらの思いが伝われば、と。祈るようにして向かった。ドキドキ  (つづく)